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甲府地方裁判所 昭和28年(行)1号 判決

原告 浅尾長次

被告 山梨県知事

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は「被告が原告の昭和二十七年六月二十七日附申請に対し同年十一月十日附を以てなした別紙目録記載の農地賃貸借契約の解除を許可しない旨の行政処分はこれを取消す。訴訟費用は被告の負担とする」との判決を求めその請求の原因として、別紙目録記載の農地は原告の所有であるが原告は当庁昭和二十二年(ノ)第一号不動産賃貸借契約存在確認調停申立事件の調停調書の趣旨に従い大木日出雄に対し右農地を賃料は近隣並に双方遅滞なく協定し毎年十二月二十五日払のこととし期間は昭和二十二年一月一日から昭和二十四年十二月三十一日までと定めて賃貸した。ところが、

(一)、賃借人たる大木には次のような信義に反した行為があつた。

(1)、先づ大木は宥恕すべき事情がないのに小作料を滞納した。即ち

(a)、前記調停調書によれば右農地の小作料は近隣並に双方遅滞なく協定することの文言の記載があるけれどもおよそ小作料には統制額が存するところ右統制額は小作人保護に傾き極めて少額にすぎるため世上これより低額を以て定められた小作料は存在しないのが実情でありそうでないとかえつて信義衡平を損う虞があるから右調書の記載は表現の適切を欠くにしてもその真意においては右実情に則し統制額を以て賃料となすべき旨の合意が成立したことを意味するものと解すべきである。ところで右農地が一等地として反当籾五俵の物納小作料を相当としたものであることは近隣の農業関係者間に顕著な事実であるから昭和二十一年一月二十六日農林省告示第一四号によりこれを金銭に換算した反当金八十八円五十銭を以て右農地の小作料の統制額となすべきである。そうすると又右統制額は昭和二十五年九月十一日農林省告示第三七七号により右同日以降反当金六百円に改訂されたことになる。従つて右農地の小作料は契約当事者の協定を俟つまでもなく右の金額たるべく確定しているわけであるのに大木はことさらに異論を唱えて右小作料の支払を怠つたのである。

(b)、仮に右(a)の前提に理由がなく賃料の額が当事者の協定により確定すべきものであるとしても原告と大木との間においては昭和二十二年秋頃統制額を以て賃料となすべき暗黙の協定が成立しよつて右農地の小作料は前記(a)の金額たるべく確定したのに大木は特段の事情もなくしてその支払を怠つたのである。

(c)、仮に右(b)の協定成立がなかつたとしても大木はもともと前記調停調書の趣旨に従つて賃料協定義務を履行する意思がなく原告の相当額を以てした協定申出に応じなかつたものであるから協定の不成立従つて賃料の不払の事態が存するのは挙げて大木の責に帰すべきである。

(2)、しかして又大木は旧農地調整法第九条の十の規定により書面を以て右農地賃貸借の契約内容を明確ならしむべき義務があるのに右文書作成につき原告の協力を求めたことすらなく信義に従い原告との間に賃貸借を継続する意思を有するのかどうか甚だ疑わしい。

(3)、更に大木は右農地の東北隅二百五十坪を擅に潰廃して宅地となし且つその一部たる六十坪を原告に無断で他に転貸しあまつさえ坪当金七百五十円の割合による権利金を取得し本来原告に帰属すべき利益を壟断した。

されば原告は旧農地調整法第九条第一項本文により右賃貸借の契約解除をなし得べきである。

(二)、のみならず原告としては右賃貸借の解約をなすにつき次のような正当の事由を有する。

(1)、先ず右農地については土地使用の目的を変更することを相当とする。即ち右農地附近は住宅地として発展し右農地も甲府市特別都市計画施行区域に編入されもともと旧自作農創設特別措置法第五条第五号にいわゆる「近く土地使用の目的を変更することを相当とする農地」として買収除外の指定を受け得べきものであり現に甲府市においては公営住宅の敷地として買収すべき計画すら存在する模様である。これに加え原告は老齢で働く途がなく無収入のところ戦災により財産の大半を焼失し残余の財産も殆んど財産税納入のため手放した次第で日常の生活費にも事欠き多額の借財を負うに至つたが右窮況を脱するためには右農地を宅地に改変して売却する以外に方策がない。更に原告の末弟たる浅尾正三はこれ亦病体で無収入のところ現に居住する鎌倉市の借家も立退を迫られているので結局原告の扶養を仰がなければならないが原告としては正三のため右農地の一部に住宅並びに養鶏施設等を建設し同人をして養鶏業により生計を樹てしめる必要がある。されば右農地の使用目的を変更して宅地となすことは一面において社会の住宅敷地に対する需要を充し他面において原告の経済的困窮を救う意味があり社会通念上最も適当な利用方法であつて仮に原告が右農地の返還を受けて旧農地調整法第六条による農地潰廃の申請をなした場合においても当然その許可があるものと予想され又許可があつてしかるべきであるから同法第九条第一項但書にいわゆる「土地使用ノ目的ノ変更ヲ相当トスル場合」に該るものと謂うべきである。

(2)、更に右農地賃貸借の成立事情、賃借人たる大木の生活状態から謂つても亦大木は到底旧農地調整法第九条の適用によりその地位の安定を保護するに値する賃借人とは謂い難い。即ち右農地は原告において終戦後食糧事情が窮迫したため元来宅地であつたのを農事雇人を使用して自ら耕作の用に供するに至つたものであり大木は原告の依頼を受けて右雇人を監督していたにすぎない。ところが大木は無法にも右農地につき賃貸借に基く耕作権があると主張し原告との間に紛争を起したので原告は右紛争解決のため前記調停事件において大木の申出に応じ同人のため右農地につき賃貸権を設定した。しかしながら大木は元来俸給生活者であつて昭和二十年中甲府市に疎開する以前は東京において会社を経営し右調停成立後は右会社に復帰して東京又は大阪に勤務しその収入を以て一家の生計を支え生活上右農地を絶対に必要とするものではない。勿論右農地は供出の対象として取扱われず直接社会の農業生産に寄与するところは少い。原告が右賃貸借の期間を三年と定めて調停に応じたのは右のような大木の生活状態から考え相当の蓋然性を以て期間満了時には農地の返還に応じるものと予想されたがためである。以上の次第で大木は原告の右農地に対する必要性の前には潔くその返還請求に応ずべきである。

要するに原告は旧農地調整法第九条第一項但書により右賃貸借の解約をなし得てしかるべきである。

そこで原告は大木との間の右農地賃貸借の解除又は解約をなすべく昭和二十七年六月二十七日附を以て甲府市旧市地区農業委員会経由のうえ被告知事に対しその許可申請をなしたところ被告知事は同年十一月十日附を以て不許可の決定をなした。しかしながら右決定は賃貸人たる大木並びに右農業委員会の意見を偏重し不当に大木の利益を擁護せんがため前記事情の調査を怠つた結果事実の誤認を侵し裁量権の範囲を逸脱した違法の処分である。よつて原告は被告に対し右処分の取消を求めるため本訴請求に及んだ。――と述べ被告抗弁事実中大木日出雄が昭和二十四年十二月七日被告主張の金員を供託した事実は認めるがその余の事実はすべて認めないと述べた。(立証省略)

被告指定代理人は請求棄却の判決を求め答弁として――、原告主張事実中原告主張の農地が原告の所有であつてこれにつき原告と大木日出雄との間に原告主張のような賃貸借契約が成立したこと、原告主張日時原告が右賃貸借契約の解除又は解約につき被告に対し許可申請をなし被告がこれに対し不許可の決定をなしたことは認めるがその余の事実はすべて認めない。右賃貸借契約において賃料は近隣並に双方遅滞なく協定することと謂う約定が原告主張のように小作料の統制額を以て賃料となすべき旨の約定を意味するものでないことは明らかであるところ大木は原告が右協定申出に応じないのでやむなく近隣並の額により賃料を持参提供したがこれ亦受領を拒絶されるに及び昭和二十四年十一月七日甲府地方法務局に昭和二十二年乃至昭和二十四年度分の右数額による賃料を弁済供託し次で昭和二十七年四月三日同法務局に昭和二十五年及び昭和二十六年度分の同数額による賃料を弁済供託した。従つて大木に小作料の滞納があるわけではない。しかして又仮に右農地が甲府市特別都市計画施行区域に編入されていたとしてもそのことだけで直ちに右農地が旧自作農創設特別措置法第五条第五号にいわゆる「近く土地使用の目的を変更することを相当とする農地」として買収除外の指定を受け得る条件を具えたものとは謂い難い。農地の潰廃が相当であるか否かはこれが都市計画施行区域内に存する場合において旧農地調整法第六条による耕作者の申請を俟ち個々的に決しなければならないのである。ところが右農地の界隈は一帯に農地であつていまだ原告主張のように住宅地として発展しているわけではない。なお旧農地調整法第九条第一項但書にいわゆる「土地ノ使用目的ノ変更ヲ相当トスル場合」とは農地の賃貸人が自ら宅地等に使用するのが相当である場合を指すのであつて賃貸人が宅地として他に賃貸又は譲渡する場合の如きを包含しないと解すべきである。なぜならばこれを許容し得るとすれば賃貸人の利益追及のため賃借人に農地取上の犠牲を強いる結果となり同法の精神に背馳するからである。いづれにしても被告知事の不許可処分に違法の廉は少しもないと抗争した。(立証省略)

理由

別紙目録記載の農地が原告の所有であること、しかして原告が当庁昭和二十一年(ノ)第一号不動産賃貸借契約確認調停申立事件の調停調書の趣旨に従い大木日出雄に対し右農地を賃料は近隣並に双方遅滞なく協定し毎年十二月二十五日払とすることとし期間は昭和二十二年一月一日から昭和二十四年十二月三十一日までと定めて賃貸したこと、その後原告が右農地賃貸借の契約解除又は解約をなすべく昭和二十七年六月二十七日附を以て甲府市旧市地区農業委員会経由のうえ被告知事に対しその許可申請をなしたところ被告知事が同年十一月十日附を以て不許可の決定をなしたことは当事者間に争がない。

原告は右行政処分は事実誤認に基き裁量権の範囲を逸脱した違法の処分である旨主張するので果して右農地賃貸借につき契約解除又は解約の事由が存在したか否か、以下原告の前掲主張の順を逐つて検討することとする。

第一に、原告は賃借人に信義違反の行為があつた旨主張しこれに該るものとして(1)、宥恕すべき事情がないのに小作料の滞納があつたこと、(2)、旧農地調整法第九条の十の規定による文書作成義務の履行がないこと、(3)、右農地の東北隅二百五十坪を擅に潰廃して宅地となし且つその一部たる六十坪を無断転貸して権利金を取得したことを挙げる。そこで先づ右(1)の点につき考える。前記調停調書の記載上本件農地の賃料は近隣並に双方遅滞なく協定することとし毎年十二月二十五日払とすると謂う約定であつたことは前記認定のとおりであるから右賃料の額は賃貸借の当事者たる原告及び大木日出雄の間に協定が成立するまで確定しないことは謂うを俟たず従つて特段の事情がない限り履行期が到来しただけではいまだ賃料支払義務の履行遅滞は生じないと謂わなければならない。原告は世上小作料の統制額以下の約定賃料は存在しないのが実情であるのみならずこれを下廻る賃料は賃貸人に酷で信義衡平を損うものであるとなしこれを理由として調停調書の前記文言はむしろ小作料の統制額を以て賃料となす旨の合意が成立したことを意味すると解すべき旨主張するが元来小作料の統制額なるものは賃料についての契約及びその履行を制約する一定の枠たる性質を有するに止まるから仮に世間の実情が原告主張どおりであり統制額を下廻る賃料の約定が賃貸人に酷であるとしても単にそれだけの理由で右調停調書の文言につき原告所論のような解釈が成立つものではない。ところで原告は昭和二十二年中大木との間において統制額を以て賃料となすべき暗黙の協定が成立した旨主張するがこれを肯認するに足る証拠はない。しかして又原告は右賃料協定の不成立従つてその不払の事態は賃借人たる大木が協定義務を履行する誠意を缺き原告の相当額を以てした協定申込に応じなかつたことに基く旨主張するが証人浅尾英世の証言並びに原告本人尋問の結果によつても僅かに昭和二十二年中大木からその妻光を介し賃料を一箇月坪当金一円五十銭となすべき旨申入れたところ原告は一箇月坪当金三円となすべき旨回答しその後昭和二十三年中同様の交渉があつたが双方において互に譲らなかつたため今日に至るまで遂に賃料の協定をみなかつたことを窺うことができるにすぎず右認定を出でゝ原告の右回答による賃料の額が近隣並として相当と認められ信義則上大木においても当然これを受諾すべき筋合であつた等特段の事情の存することについては更に立証があるわけではないから今にわかに賃料協定の不成立並びにこれに伴う賃料不払の責を大木に帰せしめるのは早計の譏を免れない。次に右(2)の点は如何。元来旧農地調整法第九条の十の規定が農地の賃貸借契約の書面化を要求したのは経済的弱者たる小作農が往々契約条件の不明確なため不利益を強いられる実情にあつたことに鑑み契約条件の明確化を図つたものと解すべきであるから農地の賃借人が契約内容の文書化につき賃貸人の協力を求めなかつたとしても自己の利益となるべきことを抛棄したに止まり直ちに以て賃貸人に対し信義違反を侵したものと謂うことはできない。のみならず本件の場合においては前記調停調書が契約内容を明確に記載し右書面化の要求を充している以上原告と大木との間において特に書面の作成がなくともこれに起因して賃貸借の継続が困難に陥る虞は少しもない。もつとも前説示によれば右契約内容中賃料の点についてはこれが後日の協定に委ねられたため別途に書面の作成を必要とするがその協定が成立しない以上この点の書面作成がないのもやむを得ないのである。従つて大木が原告と小作契約書の取交をしないからと謂つてその信義を疑うには当らない。次に(3)の点であるが大木が本件農地の一部を潰廃して宅地となしたことは証拠上これを認めることができないのみでなく成立に争のない甲第二号証並びに弁論の全趣旨によれば大木は右農地の東北に接続する原告所有の宅地二百五十坪を原告との間において定められた賃貸借の約旨に従い宅地として使用しているにすぎず右農地の一部を潰廃して宅地とした事実のないことを窺うに十分である。してみると仮に大木が右宅地の一部を無断転貸して権利金を取得した事実があつたとしても右は宅地の賃貸借につき契約解除の問題を生ぜしめるに止まり特段の事情がない限り右農地の賃貸借につき信義違反を侵したものとは謂い難い。これを要するに賃借人に信義違反の行為があつた旨の以上の主張はすべて理由がないことに帰着する。

第二に、原告は農地賃貸借の解約をなすにつき正当の事由があるとなしその事由として(1)、右農地については社会的理由及び賃貸人の個人的事情からして土地使用の目的を変更するのが相当であること、(2)、賃貸借の成立事情並びに賃借人の生活状態からすれば賃借人は耕作者として地位の安定を保護するに値しないことを掲げる。そこで先づ右(1)の点を考えてみる。そもそも旧農地調整法第九条第一項但書が小作地引上に関する例外として規定する「土地使用ノ目的ノ変更ヲ相当トスル場合」とは当該農地の権利を移動して他の目的に転用する場合たると賃貸人自ら当該農地を耕作以外の目的に供する場合たるとを問わない(これに反する被告の所論は理由がない)が右各場合とも小作地引上後現実に転用の目的で農地の権利を移動し又は自ら農地を潰廃するには別に都道府県知事の許可を必要とする(同法第四条第一項、同法施行令第二条第一項、同法第六条)関係上少なくとも右許可を受け得るだけの事由を具えた場合でなければならないと同時にこれを口実にして不当に小作地の引上が行われるような結果となる場合であつてはならない。従つて当該農地をいづれかの方法で特定の目的に転用する当事者の意思が確定したものでありしかもそれが土地の利用上客観的にも相当と認められる場合に限られるものと解さなければならない。(なお旧自作農創設特別措置法第五条第五号に「近く土地使用の目的を変更することを相当とする農地」と謂うのも結論的には右と同様に解して妨げない。)ところで本件についてこれをみるのに成立に争のない甲第五号証、同第二十二号証、証人中山明の証言によれば本件農地は甲府市特別都市計画施行区域に編入され現にその北側を東西に走る道路は交通の需要に応じ幅員拡張の工事実施中であり又その附近には年々新築家屋が増加していることを認めることができる。原告はこれを以て右農地が旧自作農創設特別措置法第五条第五号により買収除外の指定を受け得べき事由を具えたものである旨主張するが右規定に関し前説示の解釈をなす限り右認定事実だけではいまだ買収除外の指定をなし得るものでないことは明らかであつて原告の右所論は理由がない。ちなみに甲府市においては右農地を公営住宅敷地として買収する計画がある旨の原告主張事実は証拠上認められない。それはそうとしても右認定の事情が本件農地の使用目的を宅地に変更することの相当性を高める好個の材料たることは否み得ないところである。しかして他方において原告は自己の経済的窮況を脱するためには本件農地を宅地に改変して売却処分する必要があるとともに病体、無収入で借家の立退も迫られている末弟浅尾正三を引取り同人に住居と生計の途を与えるためには本件農地の一部に居宅並びに養鶏施設を建設する必要がある旨主張しなるほど成立に争のない甲第九、十号証、同第十六号証、同二十四乃至第二十六号証、第三者の作成にかゝり当裁判所が真正に成立したものと認める甲第十一号証、同第二十七号証、証人浅尾英世、同山本宗市の各証言並びに原告本人尋問の結果を綜合すれば原告は老齢で働く途もないため定つた収入がないうえ財産としても現在居住中の家屋敷の外に大木日出雄に賃貸中の本件農地及び前記二百五十坪の宅地並びに町内に児童遊園地として無償提供中の宅地を所有するだけなので親類縁者から生活費等を借入れて生計を立てゝいること、又原告の末弟たる浅尾正三は病弱で収入の途がなく現在鎌倉市所在の借家に居住しているが家主から立退を迫られていることを窺うことができる。従つて以上認定の事情に後記のような賃借人側の事情を斟酌すれば原告において右農地を宅地に改変する目的で他に譲渡することがあつても強ち不当とばかりは謂い得ないであろう。しかしながら右転用の目的で右農地の所有権を移転する契約が現になされていると謂うのなら格別この点につきなんら主張立証がない本件においては土地使用の目的を宅地に改変する問題は将来右農地につき売買により所有権を取得すべき者の意思にかゝつた事柄であつて現在のところその意思如何を知る由もないからこれを以て軽々しく小作地引上の事由とは認め難いのである。しかして又前記認定の事情によれば原告は浅尾正三のため居宅及び生計の途を与える必要を感じていることが推測されるが右必要のために本件農地の一部を潰廃することが原告の確定した意思であることは証拠上到底認められないからいまだ小作地引上の事由として論じるに値しない。(なお飜つて弁論の全趣旨に徴すれば右のように賃貸人自ら右農地の一部を耕作以外の目的に供することは本件許可申請にあたり賃貸借解約の事由として申述されなかつたことを窺うことができるから仮にこの点につき解約事由を認むべきであつたとしても本件行政処分にこれを看過した瑕疵があると謂い得る筋合ではない。)してみると結局本件の場合はいまだ「土地使用ノ目的ノ変更ヲ相当トスル場合」とは謂い得ないことに帰着する。次に右(2)の点であるが成立に争のない甲第八号証、証人細野新作、同志村祥介の各証言並びに原告本人尋問の結果によれば賃借人たる大木日出雄は妻子を甲府市に残して単身東京、大阪等の会社に勤務し主としてその収入により一家の生計を賄つているものであつて本件農地は飯米に供するため農事傭人を使用して耕作しているにすぎないことを認めることができるけれども右認定の事情だけではたとえ本件賃貸借の成立事情がどうあらうとも賃貸借解約の事由を具えたものとは謂い難いのである。これを要するに賃貸借の解約につき正当の事由がある旨の以上の主張はすべて理由がないと謂わなければならない。

果してそうだとすれば本件行政処分には原告主張のように事実誤認に基く裁量権の範囲を脱退した違法の廉があるわけではないからかゝる違法の存在を前提としてその取消を求める原告の本訴請求は理由がないものとして棄却すべきである。

よつて訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用し主文のとおり判決する。

(裁判官 駒田駿太郎)

(目録省略)

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